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火野葦平(ひのあしへい)旧居

 

 

  • 現存する河伯洞の母屋は、葦平の出征中に、父金五郎が兵隊三部作の印税で建てたと伝えられています。
  • 使われた木材は今では手に入らないほどのもので、建築家の間でも非常に注目されています。

 

  • 戦後、この母屋に棟続きのモルタル造りを増築、その二階が葦平の書斎となりました。
  • 絶筆『真珠と蛮人』に至るおびただしい作品群の多くが、ここで生まれました。

 

  • 昭和35年1月24日、葦平はこの書斎で自ら命を絶ちました。
  • 志望動機は身内もわからないといわれています。
  • なんでも執筆で忙しく多忙の毎日だったとのことです。
  • 書斎にある柱時計は当時のまま3時丁度で止まったままだそうです。
  • もしかしたら葦平が亡くなった時間かもしれません。

 

 

  1. 「河伯洞(かはくどう)」は、河童の棲む家という意味で、火野葦平(ひのあしへい)[本名:玉井勝則(たまいかつのり)1906〜1960] が、河童をこよなく愛したことから名付けられたものです。
  2. 葦平は、この河伯洞で昭和15年(34歳)〜昭和35年(53歳)までの大半を過ごし、代表作の一つ『花と龍』をはじめとして絶筆となった『真珠と蛮人』までの数多くの文学作品を生み出しました。
  3. 葦平文学が世に知られたのは、昭和13年『糞尿譚(ふんにょうたん)』で第6回芥川賞を受賞したことによります。この作品で、一地方作家から全国的な作家になりました。
  4. 在京ではなく地方からの受賞は、当時の芥川賞としては画期的なものと言われています。
  5. 続けて世に送りだした『麦と兵隊』『土と兵隊』『花と兵隊』の兵隊三部作で、ベストセラー作家になりました。
  6. 「河伯洞」は、父・玉井金五郎が息子、葦平のためにとその印税によって建てたものです。葦平は、戦地での戦友達の苦労への思いから、後々もこのことを負担に感じていたといいます。
  7. 多くの友人、文学仲間を招き、ざしきで賑やかな新年宴会を開くなどの暮らしぶりから豪放磊落な面がうかがい知れるとともに、河童好きでユーモアを感じさせる一面がこの河伯洞に残されています。 
  8. 河伯洞に佇むとき、葦平が「足は地に 心には歌と翼を ペンには色と肉を」と語りかけてくるようです。平成9年3月、市指定文化財。平成11年1月、保存工事を終え公開。

 

 

  • 所在地〒808-0035 北九州市若松区白山1丁目16番18号
  • 電話 093-771-0124
  • 開館時間10時〜16時30分
  • 休館日月曜日(月曜日が休日の場合は、開館し翌日が休館)
  • 年末年始(12月29日〜1月3日)
  • 入館料無料
  • 若松渡船場より徒歩15分  駐車場有り

 

 

 

 

 

 

 

玄関の上がり框(かまち)に亀の彫刻が目につきます。唐木三大銘木の一つ

 

 

 

唐木三大銘木とは?

 

  1. 唐木とはインド・タイなど東南アジアから輸入された木材で、遣唐使によって唐より伝来したため唐木(からき)と呼ばれ、邪気を払うともいわれています。
  2. 中でも、黒檀(コクタン)、紫檀(シタン)、鉄刀木(タガヤサン)は「唐木三大銘木」とされ、重硬で緻密な材質であり、古くから銘木として建築や家具・楽器などに用いられ、高級箸の木地としても珍重されています。世界的に流通量がとても少なく、将来的には枯渇するといわれており、原産国からの輸出制限になっているものも多い為、とても希少価値の高い貴重な木地です。

 

 

貴重な材木の床。

 

 

浴室の天井。素晴らしいデザインです。

 

 

 

 

 

 

 

葦平の書斎

 

 

 

 

 

 

 

定期的にこの部屋で映画の上映会がされています。上映された題名が書かれていました。

 

 

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